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コラム-3「民家再生について」

 民家再生の実例

民家の再生には様々な方法があると思いますが、私の場合何か特別なことをするわけではありません。
最初に既存の建築のありようを把握する為に、平面・矩計・架構法・建物の傷み具合を調べます。雨漏りさえなければ梁はたいてい使えますが、土台・根太・柱などには使えないものもあります。
そして建て主の希望をプランニングしたり新しいものを付け加えてゆく際に、主要構造を傷めたり既存の印象を損なわないように気をつけます。構造的に弱いところがあれば補強し、現代生活に対応するように設備を充実してゆくといった具合に、設計に関しては新築と同じようなプロセスを踏んで行きます。施工技術はともかく設計に関しては、技法よりもむしろ熱意の方が大切だと感じています。

再生の方法には現地再生と移築再生があります。
さらに現地再生にはその家の住人が直して引き続き住み続ける再生と、持ち主が変わり建物が修理され住み続けられる再生があります。
移築再生は新しい持ち主が建物だけを引き取り、新しい場所に移築する場合を言います。 民家の造形が風土や気候と密接に結びついているという観点からは、現地再生がもっとも望ましいのですが、昨今は、地方移住を望む都市生活者が民家に関心を持っているので、移築再生のほうが実現の可能性も高いようです。

尚、再生工事と一口に言っても解体修理に近い大掛かりなものから修繕と言ったほうが適切と思える軽微なものまであり、工事の範囲や方法は傷み具合と予算とによって判断しています。

 実例1「現地再生」

山梨県北巨摩郡高根町で、寛政年間に建てられた農家を現地再生しました。
間取りや棟の位置を変更したと思われる痕跡があり、住居として長い間に何度となく手を加えて来た様子が伺えました。新建材による修繕部分が少なかった為か、建物が陳腐化せず茅葺き農家の面影を良く残していました。
しかし柱も梁もあまり大きくないので、家族の方は新築並みにお金を掛けてまで再生するほどのものかと疑問に思われたようです。たしかに文化財級の民家のような架構ではありませんが、使用されている素材と出来上がった空間に関して言えば、化学物質と紛い物だらけの「今風の家」よりずっと良質な物になったのではないでしょうか。

工法としては先ず、建物西側部分は屋根・壁・床を取り払ってジャッキアップし、鉄筋コンクリートの布基礎を作ります。軸部を浮かしたまま既存の柱を加工し、土台を取付けて建物を基礎に据えました。
建物の東半分は間取りを変えた為全解体とし、小屋梁と建具を再利用しています。
この部分は柱と差し鴨居の狂いが大きく再利用不能な部材が多かった為、かなり更新しました。屋根を高くして小屋裏に寝室を設けています。

尚、施主の持ち山から切り出した材木を葉枯らしして建築材に使いましたが、製材を引き受ける業者がなかなか見つからず大工さんが苦労しました。輸入木材が主流を占める日本の住宅建設事情の一端を垣間見たような気がします。
又、現場にいた年配の大工さんには「この建物は(真壁だから)筋違いよりも通し貫きの方が良い」と言われましたが、この場合は筋違いを用いて耐力壁としています。
自分の知識と職人技術との断絶を感じ、どちらが正しいのか気掛かりが残りました。
その後、建設省の告示で貫を用いた壁も構造用合板を併用することにより耐力璧としてみなされるようになったのを知りました。しかし昔の工法のように小舞竹と土を用いることが認められたわけではありません(注:その後法律が改正され今では一定の条件を満たせば土壁による耐力壁も認められるようになりました。)。伝統的な工法を活かす方法をもっと研究しなければならないと思っています。

現地再生なので、解体から竣工までを目の当たりにしたこともあり、現場の問題が直接家族に伝わるなど、心配や苦労を必要以上にかけたようです。
建て主の「先祖からの家を受け継いでゆこう」という強い意志があった為に再生することが出来たと言って良いでしょう。最後は大変喜んでいただけました。

 実例2「移築再生」

この建物は廃屋を移築し別荘として再生したものです。
正確な建設年代は不明ですが、以前の持ち主によればかつて茅葺きだったものを60年前に2階建てにし、小屋裏を含む3層分を養蚕に使用していました。山梨の民家の特徴でもある越屋根があり、2階には蚕や桑の葉を出し入れする為に掃き出しの建具が入っていました。
20年ほど前に住人が市街地に引っ越した為徐々に廃屋化し、いたずらなどで火事になる恐れもあるとのことで解体寸前でした。以前の住人は家具に使えるような板が取れればという程度の気持ちだったようですが、「民家に興味があるなら壊す前に一度見てみないか」と誘われ調査に出かけました。
さすがに長年無人だっただけに痛みが激しく、屋根が抜け落ち雨が漏り、床も腐って建具も動かないといった状態でした。調査の為に中を歩く時も何人か床を踏み抜いてしまい、これが再生出来るといってもなかなか信じてはもらえないだろうというようなものでした。
しかし、大変珍しいことに主要構造部にはすべて耐久性に優れた栗材が使ってあり、部材も大きく再生は充分可能と判断しました。手斧掛けの跡もはっきりと残されており、再生された後の美しい仕上がりが予想され、この貴重な部材をなんとしても残したいと思いました。

その後、調査メンバーの発案で民家再生セミナー及び廃屋・再生事例などの現地を見学する企画を通じて希望者を募ったところ、運良く引き取り手が現れ、別荘として移築再生を実現させることができました。
建物は元のままでは別荘としての生活には大きすぎ(約55坪)建築費が掛かり過ぎる為、中心の大黒柱とその周辺を残して延べ面積を88.87u、約27坪と規模を縮小しました。
高さも抑えたいので、既存の大黒柱の最も長いところを棟持ち柱として断面を計画しました。
基礎は鉄筋コンクリートのベタ基礎とし、構造には貫を使うことも検討しましたが、再利用した柱の断面欠損が大きくなる為、真壁部分には構造用合板を用いることで筋違いの代わりに壁量を確保しています。
柱・梁などの主要な部分はほとんど再利用し、残りの部材も棚板・手摺・玄関の上がり框に使用しています。予想通り柱・梁などに栗材の独特な表情を良く活かすことができました。又、床・壁なども松材・漆喰などの自然素材で仕上げ、小規模ながら質の良いものができたと思います。

 民家再生とは何か

民家再生」という言葉は最近になって作られ、使われ始めた新しい言葉ではないでしょうか。
例えば、財力も相当あったとおぼしい大きな家でも、屋根裏や床下などには転用材が良く使われているのを見かけます。昔の生産方式では木材の入手や、木材をさらに建築材にする労力などが大変だった為、材料を大切にしていたのでしょう。

このように、古材を利用して家を建てるのはかつては特別のことではありませんでした。私自身デザイン的な動機から民家に着目し、民家の外観と架構を利用したら面白い建築ができるだろうと考えていた当初、「俺は『民家の再生』をするんだ」という特別な意識はなかったと思います。
しかし実際に古材を使ってみようとすると、鉋や鋸が傷むからと大工さんに古材の使用を嫌がられたりもしました。今ここでは、かつては当たり前であった行為や考え方が衰退し、再び「民家再生」という言葉を与えられ再評価されつつあることの意義を考えてみたいと思います。

私事で恐縮ですが、我が家は45年ほど前に父が手に入れたものを、私が憶えているだけでも移築1回、増築5回、模様替え1回と生活の変化に合わせてたびたび手を加えてきました。戦後間もない頃の建築だったそうで、改築の際に屋根裏を見る機会がありましたが、足場丸太で母屋を架けるなど、今の現場ではほとんど見かけることのない貧弱な材料が使ってありました。
我が家と同様、隣の家も同じ頃近くの集会場の材料を再利用して住居にしています。

母の話では古い材料を利用して家を建てたのはこの近辺(塩山市)では我が家が最後で(昭和43年)、その後は新材での新築が当たり前になったということです。
その頃から施主にも施工者にも古い材料を使いたがらないという傾向が現れたのかもしれません。民家が消えてゆく背景には農村の過疎化もあるでしょうが、新築を最善のものとみなす日本人の考え方の変化もあったのではないでしょうか。

民家に使われている大断面の部材は耐用年数も長く、工法自体も部材の再生利用が可能なものですが、「新築の方が安い」という一面的な理由の為に簡単に壊され産業廃棄物として捨てられてしまいます。
確かに民家の再生には解体工事と基礎工事などに新築と違う理由でお金が掛かります。
周知のようにほとんどの民家は石場建ての基礎の上に建っていて現代の建築基準法では確認できません。移築再生であれば当然基礎から造り直すので問題にはならないのですが、現地再生の場合、建築確認をする為には建物を持ち上げコンクリートの基礎を作ったり筋違いを入れなければならないのです。

その結果、新築なみの工事費となり、その上「遮音性能・断熱性能などの物理的な性能はやはり現代の工法ほどではありません」では、「民家の再生は贅沢普請」と言われ「これでは新築した方がいいじゃないか」と判断されるのは仕方がないことかもしれません。
又、再生工事はすでに有るものを使うのだから材料費は安いはずと思われがちです。部材をばらしたり運んだり再び使えるようにする為には人の手を経ねばならず、そのための経費は当然掛かると説明すると驚かれたりもします。

しかし、「新築のほうが安い」という短期的な経済効率だけで住宅を考えて良いのでしょうか。 木材を大量に廃棄する一方で、環境の破壊と資源の収奪・浪費の上に成り立っている現在の住宅のありようは、どこかおかしいのではないでしょうか。
戦後の50年間ひたすらスクラップアンドビルドを繰り返し、それが繁栄であり、豊かさなのだと信じてきたにもかかわらず、いまだ多くの日本人が「住宅は文化」だなどとは到底言えない貧弱な家に住んでいるのはどういう訳でしょうか。
「バブル」とやらが「はじけ」ても、建築コストは相変わらず高く、一生かけてローンを組んでも「住まい」を作る予算は充分ではありません。屋根やら壁やら床などの「家の部品」を手に入れるのに精一杯です。空間や素材など、生活にゆとりや楽しみを盛り込み演出する部分にまで力を入れる余裕などないのが現実です。

しかもこの「家の部品」達には耐久性も魅力もなく、受け継がれることも無く廃材として処理されてしまうので社会的なストックにもなりません。魅力がないと感じるのはそれらの多くが工業製品であり、生き物である私達人間から遠い物質で作られているからでしょう。新築病の原因とされる有害な化学物質が多く含まれているものもあります。 建築が簡単に作られ、壊されて行く所以んではないでしょうか。

しかし良質な住宅であれば何代かに渡り住み継がれ、長期的には住宅取得の為のコストを下げます。資金にゆとりが生まれ、より良い住まいを残すことが出来るのです。そのうえ産業廃棄物にもなりません。社会全体の住文化と住環境の向上にもなるでしょう。 再生という形で民家を見直すことは、良質な住宅を社会資本として残し、環境保全に貢献することにつながると思っています。

有名なアルハンブラ宮殿やサンピエトロ寺院・桂離宮・二月堂等々は時間をかけて増改築を繰り返してきた美しい建物です。また吉村順三や村野藤吾などの建築家は建て売りや民家に何度も手を加え、魅力的な住宅を創り出し自邸としています。
カルロ=スカルパのアトリエは馬小屋を改造したものと聞きました。
歴史の面影を残す都市や民家の残る農村風景、そして古い建物などに少なからぬ人々が惹かれ訪れます。 多くの人々の長い時間をかけた行為や工夫の積み重ねが、心安らぐような魅力的な場所や空間を作り出すのだといえるでしょう。
民家の再生とはそのような空間を作り出す有効な手法でもあると思います。

 結び

建設コストや社会通念など、「民家の再生」の実現や普及のためには様々な課題があります。
しかし、民家には長い人類の営みの中で受け継がれてきた住まい方の知恵や工夫などが盛り込まれています。建築を生業とする私達にとって民家再生の現代的な意義とは、ひとつには建築文化としての物や形や記憶の継承ということが言えます。
そしてもう一つの意義は、民家の原点を再評価することを通して、今私達が直面している様々な矛盾や問題を解決する手だてを発見することに有ると思います。