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コラム-1「体験的民家再生考」

 歴史の積み重ね

20年程前スペインで、ある教会を見学しました。
ロマネスク様式の時代に着工し何世代にも渡って建設を続け、時代がゴシック様式に移行しても完成ならず、遂に中断したまま使っているという教会です。
事情を物語る神父さんに導かれ仔細に見て行くと、仕上げや技術が場所毎に変化していることが判ります。しかし、教会堂の原型を保つバシリカ式の空間が纏め役を買っているのか、特に違和感の無いのが不思議でした。

以後この点を意識して見て歩いた所、なんと様々な様式・要素が入り混じった建築の方が多いようではありませんか。
統計を採ったわけではないけれど、これはその辺りの人の気が長かったからとか、見る方の気のせいとばかりも思えない。その上、これら入り混じり建築物群はどれも変化に富んだ魅力的な表情を持ち、異なる時代の感性が反発しながら共存するという面白い全体感を醸し出していたのです。

では、日本の建物の場合はどうでしょう。
一般に名建築とされている「桂離宮」や「三月堂」などは、やはり長い時を掛け、増改築を繰り返し今の形に至っているといわれます。桂離宮は何世代にも渡って建設が続けられた為、前半と後半ではかなり様式が異なり、三月堂も天平時代の創建建物に鎌倉時代の増築が巧みに処理されています。
つまり立派な入り混じり建築物でした。実はこうした様式の混在と新旧の技巧の掛け合いがディティールに謎解きのような奥行きを感じさせ、建物を名建築たらしめているのかもしれません。

さて、増改築でなくても、建物の一部分に由緒ある建築物の部材が使われている場合があります。他の建物の部材だけがひょっこり入り混じっているのですから、様式や伝統の枠を越えた遊び心が成せる技なのでしょう。
例えば奈良の西大寺のN邸では、中庭に点在するこぢんまりした茶室の床柱にさりげなく法隆寺の古材が使われていたりします。

又、興福寺近くの陶芸店に、何のおまじないか大きな懸魚がデンと在り、「ずいぶん気合が入っていますね」と話しかければ「ああそれ、東大寺さんのですわ」との店主の返答。何故それがここに?という素朴な疑問が浮かぶ前に、懸魚だけでも只者ではない存在感を漂わせる東大寺に感心する他ありません。
ともあれそんな物があっさり転がっているところが、奈良ならではですね。

河内の民家を移築した、建築家の故村野藤吾氏の自邸(残念ながら神戸の震災で倒壊し失われてしまいましたが)は、住まいながら実に四〇年以上に渡り増改築を繰り返したそうです。
初期の写真を見ると草葺に鎧戸の何処かヨーロッパ的デザインの建物でしたが、後に瓦葺となり、日本的な雰囲気の屋根に煉瓦積みの煙突が立ちました。
内部はといえば、暖炉のある書斎の窓に障子を入れ、玄関の床に矢筈模様の煉瓦を敷き、取次ぎの竪繁障子を開けると畳が敷いてあるなど様々な建築の要素が渾然と混じり合っています。更に台所の床だった板を「傷が味」とばかりに床の間にしたり、なんだか艶めかしい縄目模様の付いた醤油絞りの梁を柱に使ったりと役者の登場ぶりも縦横無尽です。
もともとの古民家の構造や素材を基にしながらも縛られず、その中から魅力的なものを「発見」し、独自の美意識で「見立て」、従来と異なる役目を振って価値を転換させてみる。そこには単なる入り混じり建築から二歩も三歩も発展した、新たな空間の創造があります。

一般に考えられている「民家再生」とはやや趣を異にするかもしれませんが、この村野氏の自邸は既存の建築自体を素材として新たな痕跡を刻んで行く行為の魅力を教えてくれます。

 建て主の関心

写真の家は茨城県の民家を山梨に移築したものです(建築作品「赤尾の家」参照)。
元の建物の構造からは少し自由に、壁は落とし板工法を使っています。環境負荷が少なく、簡素でも健康的な住まいが欲しいという希望から「厚板だけの断熱」というシンプルさが採用されました。
建て主の関心の対象は以前の「間取り・インテリア・設備器具・照明」などから「構造・工法・断熱性能・素材の使い方」へと比重が移りつつあるようで、即ち建築の表層から深部へと興味が深まってきた。

その結果「立派に見えるまがい物より素朴でも本物の素材をたっぷり使おう」という指向が生まれ、更に進んで「民家の構造・空間は魅力的だけど民家調の住まいが欲しいわけではない」といった流布する情報を客観視し本当に求める物を見極める積極性が現れてきました。民家を素材としても昔の物を何でもかんでも全て良しとするわけではなく、民家である事に縛られずに自分達の住まいとしての正解を探す。
この家の場合は壁と同様に床に厚板を使い、天井と新しい柱や床などは素木のまま、古色の塗装はほとんどしていません。

 環境装置としての民家

建物の素材や開口部の工夫で熱環境を調節し居住性を高めるという手法は、世界各地の民家で広く見かける事が出来ます。
「世界の建築に学ぶ知恵と工夫」という本では、環境に順応して造られている民家の様々な工夫を紹介しています。太陽の熱をパッシブソーラーハウス的に利用するプエブロ=ボニートの住居もその一例です。

このように人類が長い年月を掛け各地の民家で経験論的に実践してきた創意工夫を、現代の知識や技術で分析し客観化したら、気候条件や国境を越えてもっと役立てることが出来るでしょう。広義の民家再生と言えると思います。

下の断面図はこの考えを取り入れたある民家の再生プランです。図に見られるように屋根の一部を突き上げて小屋裏に光と風を取り込む手法を櫓作りと呼び、本来は養蚕の為に工夫された屋根の形ですが、現在はその役割も終え大抵の家でほとんど物置となっているスペースです。

再生プランではこの部分の二階の床板を取り、建物の奥まで光を入れます。矢印で示すように採り込んだ光は床や壁に当たり熱エネルギーに変わり、日中暖められた土間や床や壁は夜間空気が冷えてくると放熱します。
このような輻射効果を用いた住宅をダイレクトゲインのパッシブソーラーハウスと言い、効き目のほどは新築の事例で既に実証済みですが、プエブロ=ボニートの例にもあるように断熱性や気密性能の問題を解決すれば土間のある民家にこそふさわしい原理だと考えられます。

夏は暑くないのか?といった質問も良く受けますが、周知の様に夏は日差しの入りが浅く、それでも入る直射日光は軒や庇で遮ります。光を採り入れる為の吹抜けは夏には室内の熱を逃がす風の通り道となります。同様に冬は蓄熱効果を発揮する土間も、有難い事に夏には輻射冷却の効果を発揮してくれるのです。
地域の伝統的な意匠を損なわず、形骸化もせず、逆に各地の民家の創意工夫から学んだ光と風の生きた利用を採り入れて、新たな機能を持つ住居として再生出来るのです。
では実際に、どの程度の性能が得られるのでしょうか。試みに「次世代省エネ基準」に基づいて建物の熱損失の計算をしてみると、下表1のような結果が得られました。
大谷石の熱貫流率や障子の性能など不充分なデータも含まれているので精密さに欠けるかも知れませんが全体の傾向は掴めたと思います。

数値としては「基準」に比べて熱損失が多いことが読み取れます。つまり断熱性能がちと足りない。パッシブ効果を含めてもW地域(山梨県)の基準に僅かですが届きません。このデータを以前の隙間だらけで暗くて寒い民家と比べ「思ったより快適かも」と思うのか、工夫した割に「期待したほどではない」と感じるのか。
土壁を止め、性能の良い断熱材を使えば目標値の達成は簡単で、コストも断然安く済みます。
しかし求められているのは「省エネ基準を満たす家」ではなく「土壁と土間のある再生民家」なので、当初の建築の動機を見失わずにこれにパッシブデザインを組み込んで居住性を高められれば良しとするという結論が出ました。

 住まいの原形として

世界各地には様々な民家があります。しかしちょっと視点を変えてみると、自然との共生・素材の有効利用・実用性・素朴な表現・地域内の共通した形式の中でも各戸細部に工夫があるなど、むしろ共通点の方が多い事に気付かされます。
又、風土が民家の形を決めるという説にも疑問が提示されています(注1参照)。

民家の魅力とは何か?その答えは独自性よりも各地の民家の共通点にあるように思います。見た目の差異とか表層的で根拠の曖昧な独自性に囚われずに共通点を辿る時、そこには人間が求める住まいの原形が見えて来ます。それは原形であるが故に年月を経て変化する事をも厭わず、異なる環境に置かれ建て主の創意のままに生まれ変わる自由度もあるのです。
「伝統」や「形式」は歴史の偶然が選択した結果に過ぎないのかもしれません。伸びやかに、新たな命を吹き込むような「再生」が出来たらいいなと考えています。


*注1:本多友常著『ゆらぐ住まいの原型』学芸出版参照


再生民家断面図  左:再生民家断面図

 下:次世代省エネ基準・表1
 (財団法人建築環境・省エネルギー機構)
    基準値(IV地域) 計算結果
 熱損失係数2.72以下2.74
 パッシブ補正2.72以下2.74
 日射取得係数0.07以下0.066


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